ブラッシュアップ・ミーティングは、皆が“社会”を実感できる機会だと思う。
それぞれが「想い」を開示することで、互いの共通点や相違点が飛び交い、無機質な会議室を豊かな社会空間に変えてくれる。
それぞれがどのような価値観や目的を持って活動しているのか、どのような葛藤を持っているのかが露わになり、互いの理解が深まってくる。
意見を述べている人に自分を投影させたり、自分の考えに対する皆の反応によって課題が確認出来たりする。インターネットでのやりとりとは異なり、それぞれの表情や、仕草などに配慮するということも生じる。インターネットは、そういう配慮なしに一方通行で発信する場である。
こうした社会空間におけるそれぞれの振る舞いや配慮といったことから豊かなインタラクションが実感出来る。
このブラッシュアップミーティングで分かることは、人と人は共通の価値観や信念によって結びつくのではなくて、このような空間形成を協働で作り上げているという事実そのものにより結びつき、そこでは連帯感とライバル意識が共存する状況が生まれることである。このことが参加者の“切磋琢磨”につながっている。
ここで大切なことは、それぞれの価値観の違いが保持されることであり、むしろ「親密さ」や「暖かさ」、「価値観が同じ」といった感情は、社会性や連帯という公共的価値を損ない、ややもすると閉鎖性に繋がりかねない。
一人一人が異なる個性を持つとよく言われるが、それはどのようなものであるだろう。
「自分」を考えた場合、「自分」は常に同じだろうか。周囲からも期待されるものとして同一でなければいけないのだろうか。
「自分」はもともとそのような人格として存在しているわけでなく、「生きる」とは、さまざまな出来事や他人との遭遇によって、その都度「自分」は大きく変化したり、あるいは微調整したりしてゆきながら、たえず編み直されることであるだろう。
「自分」の内に存在する好奇心やコンプレックス、あるいは他者からの期待やそれとの葛藤の中で「自分」を活かしていくのが人生だと思う。そしてそれぞれがより良く生きることが出来る“社会”は、皆のそういう理解によって形成されていくのだと思う。
ブラッシュアップミーティングを通じて皆が悩み、考え、チャレンジを繰り返しながら展開していくことこそが、地域の活性化に向けての有効な方法だと考えている。