ブログトップ
<   2011年 05月 ( 13 )   > この月の画像一覧
チェーン店、大型スーパーの功罪
焼き肉チェーン店での食中毒事件を契機にチェーン店システムやスーパーやショッピングモールのビジネスについて考えて欲しいと思う。

これら本来の商業とは視点の異なる“投資ビジネス”は、地元経済や社会に貢献することはなく、本部にお金が集まる仕組みになっているだけだ。そして本部に集まったお金が地元に再循環することはない。

大型SCの本家である米国では、出店者は予定地の税収増と雇用増を主張してきたが、現実には地域の社会的利益が社会的費用を上回るものではなかった。
実際の経済成長につながるような製造業と異なり、買い物の場が移動するに過ぎないことを認識する必要がある。
つまり、既存店を廃業に追い込むことでしか成り立たない。買い物に変化をおこし、就労機会を減少させているだけだ。米国の調査では、合理的に配備されたパート社員の数は、もとあった地域店の就労人数の6割に過ぎないと報告されている。
英国でもスーパーが1軒オープンすると、平均して276人分の小売業における雇用が失われるとの調査結果がある。

雇用の質という観点では、その多くは不安定なパート勤務であり、仕事を通じて、いわゆる“手に職を持つ”ことにもつながらない。高賃金の雇用を減少させ、低賃金の雇用が増大することは地域の経済力を弱体化させているとはいえないだろうか。

米国マクドナルドを例にした調査では、地元のハンバーガー店はマクドナルドの4倍もの経費を地元で使っているという報告が10数年前にあった。
また、近年の米国では、チェーン店と地元店の是非を論じる際に、地域のコミュニティーへの参加という観点からも問題提起されている。オーナーはそこに存在しないから推して知るべしだ。

経済に雇用、地域のコミュニティーへの参加といった問題、さらには地域の個性を消し去り、街並みを画一化させていくといったビジネスであるといったことについて議論を深めるべき時が来ていないか。

東京でもオーバーストア化したコンビニ各社は閉店と出店を繰り返しながら新たな体制作りに躍起になっているが、もとあった地域の小売店を閉店に追い込んだだけで殺風景な街並みだけが残っている。
スーパーの撤退と比べると規模が小さいので過小評価されがちだが、街を荒らしている点は変わりがない。
[PR]
by stylejapan | 2011-05-04 17:40 | 商店街の活性化
残すべきもの
自然界の進歩の歴史は変化の過程と言われる。
ごくわずかな基本的特徴を残すだけで、それ以外はすべて“変化”する。

仕事においても“こだわり”と考えていることが、本当に残すべきものであるのかどうかの見極めが必要だと思う。
しかし、結論は「信頼の醸成」だけが“残すべきもの”ではないだろうか。
それ以外はリセットしても良い場合がほとんどかもしれない。

また、“想い”がこもっていない“仕事”、“信頼の醸成”につながらない仕事は時として、精神的苦痛の原因になりかねないだろう。

信頼の醸成につながるものであれば、自然と仕事にやりがいを感じるようになるだろうし、仕事が楽しければ、人は探求し、イノベーションを志向し、責任感や真のプライドを持つことになる。
そして、そのことは信頼関係を生むという「善循環」になると考える。

しかし、これらは景気の良い時代には軽く扱われる傾向にあることを忘れてはならない。
[PR]
by stylejapan | 2011-05-02 10:18 | 生活創造プロジェクト
体当たりの重要性
問題点の抽出に頭を悩ますよりは、「体当たり」することの方がブラッシュアップできると思う。
クリエーターでもなければ現状から大きく変化させた行動を常に取れないのが一般的だ。
馴染んだ発想の先に、変化する時代への対応力が強化されることはないだろう。
空中大和茶カフェやTEIBAN展に参画すると予想外のさまざまな情報を得ることができるが、これも「体当たり」経験がもたらす産物である。
[PR]
by stylejapan | 2011-05-02 07:57 | 生活創造プロジェクト