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カテゴリ:生活創造プロジェクト( 627 )
孤独化社会に向けて
独りだけでいるときこそ、最も独りではない。(カトー)

多数に追従する人は必ず自分を見失う。
孤独は意思である。
真理を追求する人は孤独になる。
だから強い。

孤独は優れた精神の持ち主の運命である。(ショーペンハウアー)

本当の孤独は独りでいることではない。
自らの自由を愉しむ高度な生き方である。

最上の思考は孤独のうちになされ
最低の思考は混乱のうちになされる。(エジソン)

人生において大切なことは本当の自分を発見することである。そのためには、時には独りで静かに深く考える時間が必要である。











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by stylejapan | 2018-10-23 08:18 | 生活創造プロジェクト
「虚構」を超えたところの真実
イスラエル人歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、人類に飛躍をもたらした鍵について「虚構を信じる力」だと説く。人類史の決定的転換点を、約7万年前に人類の脳内で発生した「認知革命」に求める。この革命の結果、人類は神話など虚構の事物を想像し、仲間に語ることができるようになった。人類は共通の神話を信じることで初めて大勢の赤の他人と柔軟に協力することが可能になり、単なる動物の群れを超えた巨大な集団を組織できるようになったと説く。

宗教、国家、法律、企業、貨幣-。現代文明を動かすこれらの概念も、7万年前の神話と同じくすべて実体としては存在しない虚構の創作物だが、みなが信じることで複雑で高度な社会を営むことができる。ただ、文明の発展で個々の人間が幸福になったかは、また別の問題だという。「現代人は2万年前の人とは比較にならないほど多くの力を得た。だが幸福感という観点からは、必ずしも2万年前よりも幸福になっているといえない」

たとえば農耕社会は多くの人口を養うことを可能にしたが、一人一人の生活は従来の狩猟採集社会よりもずっと厳しかったと本書は指摘する。現代文明を手放しで礼賛しているわけではない。そうしたクールで俯瞰(ふかん)的な視点から、約1万年前の農耕革命をきっかけに帝国や貨幣が生まれた経緯や、約500年前の科学革命が資本主義や帝国主義を両輪として人類の力を飛躍的に増大させ、ばらばらだった世界各地域を一体化させていく過程を、鮮やかに描き出す。

歴史の原動力として虚構の力は重要だが、人類は自らが作り出した虚構に強く縛られるあまり、無用な対立や戦争を招いた例もまま見られる。自身が歴史家を目指したのは、紛争が絶えないイスラエルという国に生まれたことも関係しているという。「自分は誰なのか、自分の居場所はどこなのかという問いに対し、周囲の大人から示されたユダヤ人の物語、ユダヤ教やイスラエル国家という物語に納得できなかった。自分で学ぶうちに、それは人が作った虚構だと気づいたからだ」。彼の著作『サピエンス全史』は、そうした歴史家としての出発点にも強い関わりがある。「そうした虚構がどのようにして作られ、なぜこれほど力を持つようになったのかを知りたかった。そして、その虚構を超えたところにある真実にたどり着きたかった」(磨井慎吾)






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by stylejapan | 2018-10-19 18:00 | 生活創造プロジェクト
リーダーシップを支えるもの Peter Ferdinand Drucker
リーダシップに必要な第一の要素は「仕事」である。

リーダーシップとは「仕事」であり、生まれつきの才能ではない。
生まれながらの「資質」「カリスマ性」などは、セールスマンシップのような“扇動的資質”に過ぎない。
組織の方向性を示す指導力、優先順位を決める判断力、基準を定める決断力——それらを“仕事として”発揮できる人が「リーダーシップのある人」である。

リーダシップに必要な第二の要素は「責任感」である。

リーダーが責任をとることが、より良い方向へと組織は進んでいくことが可能になる。
真のリーダーは、他の誰でもなく、自らが最終的に責任を負うべきことを知っているがゆえに、誰も恐れない。

リーダシップに必要な第三の要素は「信頼を集めること」である。

リーダーシップは賢さに支えられるものではない。
リーダーシップは一貫性に支えられるものである。
不器用でも、筋が通っていて一貫性があれば、人からの信頼を得られる。










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by stylejapan | 2018-09-18 21:17 | 生活創造プロジェクト
結果と法則(ⅱ) James Allen
私たちは、過ちや苦しみ、問題の種が、自分自身にあるという事実に目覚めるべきです。自分の未熟さが、自分を苦しめる現実を創り出しているということを理解していきましょう。そして、その現実を受けとめつつも、生き生きと存分に生きていくことです。苦悩をもたらすのは、ほかの誰でもなく、自分自身の犯した過ちなのです。

人生は、不成功のまま終わることはありません。そもそも、人生に失敗などないのです。誰にも、人生の部分的な失敗はつきものです。しかし、そうした失敗は、人生全体をもっと強く完璧にするために、自分の弱さや未熟さが、一連のできごとと関係して引き起こしているものだと考えるべきでしょう。

人生は、あなたが経験することを受け入れるにつれて、その厳しさが軽くなっていくものです。人生のすべての経験を、自分自身を向上させていく材料にできるようになったとき、あなたは苦しみや痛みを心から遠ざけることができます。

人は、甘えて弱い立場でいようとする限り、しきりに望みながら嘆き、過ちを重ね、心に悔いを残して生き続けてしまいます。しかし、胸の内の暗闇を振り払い、立ち上がろうとする気持ちが起きた瞬間から、人は「最高の人生」の実現に向けて行動しているものです。

貧困や苦難などの厳しい状況の中でも穏やかさを保ち続けるには、動物的な勇猛さよりも、毅然とした気高い勇気が必要です。それは、相手を圧倒する強さとは別の、自分自身を律する強さです。その毅然とした精神の強さは、信念とともにあるものです。

自分の弱さは、自分で克服するしかありません。その弱さと不運を招いているのは、自分自身の利己心だからです。あなたを貶(おとし)めるふとどきな悪魔を、心から追い払うことです。

弱さも過ちも、エネルギーの方向とパワーの使い方を間違えているだけです。過ちを繰り返す人は、弱いどころか、自分の意思を実現するだけの強さを持っているということです。ただ、正しいルールに沿った方向で、能力を発揮することを知らないだけなのです。

わけもわからずに人の意見や考えを信じ込んだり、勝手な理論を真に受けることは、馬鹿げた過ちを犯しているのと同じです。正しいか正しくないかの判断ができない曇った心の目しか持たない人は、不運なできごとから無知な妄想を展開したり、正しい道理から外れた着想でものごとを捉えたりします。こうした妄想ほどやっかいなものはありません。この世に存在しない恐怖の怪物を、自分で創り出してこわがっているようなものです。

多くの人にとっては、うんざりするような義務的な仕事や役割でも、心穏やかな人は、自分の任務として喜んでやり遂げます。ありのままに真実を受け取る人には、「義務」の中に本来の使命が見えています。使命を果たすことが、自分の歓びになります。そうであれば、義務と喜びを切り離すことができないのは当然です。

知識を高めていくのが、謙虚さです。謙虚な気持ちも、口先だけの言い分や根拠のない憶測を取り去ったところに生まれるものです。

知性を高めていくには、現実と思い込みを明確に区別しなければなりません。さらに、自分の知識の範囲を自覚していくことが必要です。この世界について、人生について、自分自身について、今の自分が何を知っていて、何を知らないかを、知っていく必要があります。そして、単に「信じていること」と実際に「知っていること」、「思い込み」と「事実」を見分けることを覚えていきましょう。

学ぶことそのものは、価値のあることです。しかし、学んでいるということ、知識があるということにプライドを持っていても価値は生まれません。知識は、自分を成長させ、実際に役立たせることで、生きたパワーになります。謙虚な心とともにあることで、パワフルな道具になるもの、それが知識です。

優しさにしても、単に温和で親切なだけでは不充分です。「なぜ、自分は優しくしているのか」と考える理性を持って、「本当の優しさとは何か」ということを理解していく必要があります。









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by stylejapan | 2018-08-28 22:18 | 生活創造プロジェクト
結果と法則(ⅰ) James Allen
人生は、習慣のコンビネーションです。良い習慣、悪い習慣のいずれにしても、習慣の源は、考え方の癖、習慣づいた考えにあります。考えが人を創ります。「正しく考える」ことは、人生でもっとも重要なことなのです。

不運な人生から自分を解放する方法は、実に簡単です。あなた自身が、「自分を動かす主人」であればよいのです。

誰でも、失敗の憂き目を見ることはあります。でもそれは、より高い理想にあなたを導くためのステップなのです。

失敗は、それまで自分が描いていた理想を、より洗練された実現の方向に描き直すためにあるのです。

人のことに心を煩わせるよりも、自分自身の道をひるむことなく、しっかりとした足取りで歩んでいくことに専念しましょう。

何をすればよいのかを、じっくり考えてください。ただし、行動すべきときには、躊躇せずに実行することです。

「揺るぎない確かな成功」とは、人からは勝利に見えなくても、自分自身が、喜びと充実感で満たされるものなのです。

私たちは、人生からさまざまなことを学ぶことができます。しかし、賢明さがなければ、いくら経験を積んでも、正しい考えを自分のものにすることはできません。

真実は、浅はかでも軽率でもありません。だから人生の勝利は、軽薄でいいかげんな人には見向きもしないのです。

誤った考えは、その人の誤った行いが明らかにします。正しい考えは、その人の正しい行いが示します。

他人を制圧しても一時的な支配者になるだけだが、自分を征服すれば永遠の勝利者になる。

自分の弱さを克服した強さは、他の人たちを救うための強さでもある。

新たに学ぶことや、自分のやり方を改めることを拒む「頑固な人」は、愚かな人です。愚かなまま歳を重ねても、尊敬もされなければ支持も得られないでしょう。

弱い心のままで生きる人は、神経が過敏で苛立った馬に乗り、目的地もわからないまま、暴走しているようなものです。
心に強さを持って生きる人は、絶妙な手綱さばきで馬とひとつになり、思いのままに目指す方向へ走っていく姿に似ています。








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by stylejapan | 2018-08-26 09:14 | 生活創造プロジェクト
たくましくあれ! Life is either a daring adventure or nothing.
浅薄な人々は、幸運と境遇を信じ、深慮ある人々は、原因と結果を信ずる。 (ラルフ・ウォルド・エマーソン/アメリカの思想家・哲学者・作家・詩人)

善い人とは、強い人たちのことではなく、誠実な人たちのことである。 (ドストエフスキー/ロシアの小説家・思想家)

この世で最も強い人間は、孤独の中でただひとり立つ人間だ。 (ヘンリック・イプセン/ノルウェーの劇作家)

強い人間は自分の運命を嘆かない。 (ショーペンハウアー/ドイツの哲学者)

金持ちでも貧乏人でも強い者でも弱い者でも、遊んで暮らしている市民はみんな詐欺師だ。 (ジャン・ジャック・ルソー/フランスの啓蒙思想家・哲学者)

苦しみを甘んじて受け、耐え忍んで強くなってきた人間こそ、この世でいちばん強い人間なのだ。 (ホール・ケイン/イギリスの作家)

最も強い者が生き残るのではない。
最も賢い者が残るのでもない。
唯一生き残るのは変化できる者である。 (チャールズ・ダーウィン/イギリスの自然科学者)

苦悩は、弱い者にとっては閉ざされる扉であり、強い者にとっては開かれゆく扉である。 (アルマフェルテ/アルゼンチンの詩人・教育者)

他人を知る者は利口だが、自分自身を知る者は聡明である。
他人に勝つ者は強いが、自分自身に勝つ者は勇敢である。(老子/中国の思想家)

強がれば強がるほど弱くなるものよ。
強い人に憧れて、自分を実際より強く演じようとすればするほど、あなたは、自分がもっと弱い人間だと思い込むことになるわ。 (リチャード・H・モリタ/カウンセラー)

弱い者は物事を決める前に疑ってしまう。
強い者は決めた後に疑いを持つ。 (カール・クラウス/オーストリアの作家・ジャーナリスト)


人生は恐れを知らぬ冒険か、無です 。 (ヘレンケラー/教育家)






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by stylejapan | 2018-08-25 10:30 | 生活創造プロジェクト
技術
技術という言葉はかなり広い範囲に用いられる。

木工の技術は、熟練的なもの、つまり手先とか指先とか、あるいは感覚的な何か、たこができるとか、いろいろな形で、具体的に人間の手先を変化させるような形で、熟練、練習の結果、個人個人に積み重ねられていく。これはその技術が備わったその人だけにしか分からないものであって、他の人に教えたり伝えたりするのは難しい。

店舗運営にも技術があるとしたら、接客技術、マネジメント能力、販売管理能力などであるが、それは木工とは異なり、人間の手先を変化させるものではなくて、努力して学べるものである。しかし、お客様のためになるという、いわゆる「善」という目的がなければならない。





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by stylejapan | 2018-07-18 06:44 | 生活創造プロジェクト
覚悟の無い人
自分の過ちを素直に認め、前向きに改善策を考えるタイプの男性は、たとえ、自分の方が正しいとの思いがあっても、それはそれで、自分のやり方を見つけていくもの。

そして、周りへの理解を求めて動いたり、人の数だけ考えもさまざまであると自分を納得させて、自制することもできる。そのため、弱音をはく事はあまりなく、逆に弱音をはくタイプの男性は、自分の過ちによる事柄であっても、注意されれば、自分の過ちではないとのアピールをしてしまいがちになる。このように他人の責任にして、自分が被害者のごとく、弱音をはいて、周りからの同情をかう発言をする。

誰の為でもない、試練は、自分の為に与えて貰っているとの意識を持てば、おのずと、弱音をはく自分と決別できるはずだがそうはならず、目前の課題に対して必死になることはない。




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by stylejapan | 2018-07-16 10:15 | 生活創造プロジェクト
真の人間じゃない人間
人生は常に選択の連続だと理解していない者は、真の人間ではない、と考える哲学者もいる。きみは自分で選択せず、他人の意見に従い過ぎていないか?ほかの人がいいという音楽を、単純にいいと言ってないか?誰かの言いなりになって、他人を苦しめていないか?

過ちを犯す人は決まって、「わたしのせいじゃない」と言う。「自分に罪はない」と言い張るばかりで、責任をとることはない。哲学者の多くは、人は責任を逃れたり、他人に罪をなすりつけたりせず、自分の行いや選択に責任をとるべきだとした。(ペーテル・エクペリ)









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by stylejapan | 2018-07-13 18:34 | 生活創造プロジェクト
人づくり
育児と人の育成はほとんど共通している。

社会で直面する課題に立ち向かえる強い精神を持つ子供を育てるには、子供の精神的な強さを奪う不健全ながらも一般的な育児方法をやめる必要がある。
もちろん、子供の精神的強さを育てるのは簡単ではなく、親自身にも精神的な強さが求められる。子供が奮闘するのを見守り、恐怖に立ち向かわせ、自分が犯した過ちの責任を取らせることは難しい。しかし、子供が潜在的能力を最大限に発揮するためには、このような経験が必要だ。子供の脳を、意義ある人生、幸福、成功に向けて訓練する場合、以下の13のことを避けよう。

1. 被害者意識を持たせない
サッカーチームから外されたり、学校で落第したりしても、子供は被害者ではない。人生には拒絶、失敗、不公平がつきものだ。精神の強い親は、大勢からの慰めを求めたり、自分の不運を誇張したりすることを子供に許すのではなく、苦悩を強さに変えるよう促し、どんな状況でも前向きな行動を起こす方法を見つけられるよう手助けをする。

2. 罪悪感に負けない
罪悪感は、多くの不健全な育児方法につながる。例えば、子供に「だめ」と言った後に要求に応じてしまう、休みの日に子供を甘やかし過ぎてしまうなどだ。精神的に強い親は、罪悪感は居心地が悪いものの、耐えられないものではないことを心得ており、自責の念に賢明な選択を邪魔させることはない。

3. 子供を世界の中心にしない
子供を人生の中心に据えることは魅力的に思えるかもしれない。しかし、自分が世界の中心だと信じて育った子供は、自分の考えに固執し、特権意識を持った人間になる。精神の強い親は子供に対し、自分の持つ権利ではなく、自分が世界に何を与えるべきかに目を向けるよう教える。

4. 恐怖に基づいた決断をしない
温室の中に子供を閉じ込めておけば、親は多くの心配事から解放される。だが安全過ぎる場所に置くと、子供の発達は妨げられる。精神の強い親は、自分を子供の守護者ではなく先導者とみなし、たとえ怖くても子供に外の世界に出て行かせ、人生経験を積ませる。

5. 親以上の権力を子供に与えない
家族の夕食や週末の過ごし方について決定権を持つ子供は、権力を持ち過ぎている。親と同等、あるいはそれ以上の権力を持つことは、子供にとって健全ではない。精神の強い親は、子供が適切な選択をできるための権力を与えつつも、明確な上下関係は維持する。

6. 完璧を期待しない
子供に高い期待を持つのは良いことだが、高すぎる期待は逆効果だ。精神の強い親は、子供が全ての分野で優秀であることは期待していない。他と比べ一番になるのではなく、子供が最高の自分になれるように手助けする。

7. 子どもに仕事を与えることを避けない
精神の強い親は「子供には家事の負担をかけたくない。子供は子供らしくあるべき」とは言わず、子供に手伝いをさせ、責任のある人間になるために必要なスキルを学ばせる。自分の選択に責任を持つことを積極的に教え、年齢に応じた役割を与える。

8. 子供の苦痛を防ごうとしない
子供が傷つき、不安な気持ちに悩む様子を見守るのはつらい。しかし、子供はつらい気持ちに耐える訓練や経験が必要だ。精神の強い親は、子供をサポートし、苦痛を乗り越えるのを助ける。そうすることで、子供は人生でどのような苦難に直面しようとも対処できる自信を身に付ける。

9. 子供の感情に責任を持たない
子供が悲しんでいたら励まし、怒っていたらなだめたくなるかもしれない。だが、子供の感情を管理することは、社会的・感情的スキルを育む妨げとなる。精神の強い親は、子どもが他人に頼らなくても自分で感情に対処できるよう、自分の感情にどう責任を持つかを教える。

10. 子供の過ちを防ごうとしない
子供が算数の宿題でいくつか間違いをした場合であれ、サッカーの練習にシューズを忘れた場合であれ、間違いは人生の最も偉大な先生になり得る。精神の強い親は、子供に失敗をさせ、その当然の報いを受けさせる。

11. しつけと罰を混同しない
罰とは、悪事に対して子供をこらしめること。しつけは、どうやったら今後改善できるかを教えることだ。精神の強い親は子供に報いを受けさせるが、その最終的な目標は、子供が将来より賢明な選択をできるよう自律させることにある。

12. 苦痛を避けるために近道をしない
だだをこねる子供に屈したり、子供のやるべきことを自分がやったりするのは、手っ取り早い解決法だ。だが、このような近道は子供に不健全な習慣を教え込んでしまう。つらさに耐えたり、魅力的な近道を避けたりするには、精神的な強さが必要だ。

13. 自分の価値観を見失わない
ペースの速い今の世の中、日々の宿題や家事、スポーツの練習などで手一杯になってしまうことは簡単だ。このような慌ただしいスケジュールや、ソーシャルメディアで自分は優秀な親だという見栄を張りたいプレッシャーの中、多くの人が人生で何が最も大事なのかを見失ってしまう。精神の強い親は、自分の価値観を心にとめ、家族がそれに沿った生活を送れるようにする。






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by stylejapan | 2018-05-21 08:12 | 生活創造プロジェクト