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チェーン店、大型スーパーの功罪
焼き肉チェーン店での食中毒事件を契機にチェーン店システムやスーパーやショッピングモールのビジネスについて考えて欲しいと思う。

これら本来の商業とは視点の異なる“投資ビジネス”は、地元経済や社会に貢献することはなく、本部にお金が集まる仕組みになっているだけだ。そして本部に集まったお金が地元に再循環することはない。

大型SCの本家である米国では、出店者は予定地の税収増と雇用増を主張してきたが、現実には地域の社会的利益が社会的費用を上回るものではなかった。
実際の経済成長につながるような製造業と異なり、買い物の場が移動するに過ぎないことを認識する必要がある。
つまり、既存店を廃業に追い込むことでしか成り立たない。買い物に変化をおこし、就労機会を減少させているだけだ。米国の調査では、合理的に配備されたパート社員の数は、もとあった地域店の就労人数の6割に過ぎないと報告されている。
英国でもスーパーが1軒オープンすると、平均して276人分の小売業における雇用が失われるとの調査結果がある。

雇用の質という観点では、その多くは不安定なパート勤務であり、仕事を通じて、いわゆる“手に職を持つ”ことにもつながらない。高賃金の雇用を減少させ、低賃金の雇用が増大することは地域の経済力を弱体化させているとはいえないだろうか。

米国マクドナルドを例にした調査では、地元のハンバーガー店はマクドナルドの4倍もの経費を地元で使っているという報告が10数年前にあった。
また、近年の米国では、チェーン店と地元店の是非を論じる際に、地域のコミュニティーへの参加という観点からも問題提起されている。オーナーはそこに存在しないから推して知るべしだ。

経済に雇用、地域のコミュニティーへの参加といった問題、さらには地域の個性を消し去り、街並みを画一化させていくといったビジネスであるといったことについて議論を深めるべき時が来ていないか。

東京でもオーバーストア化したコンビニ各社は閉店と出店を繰り返しながら新たな体制作りに躍起になっているが、もとあった地域の小売店を閉店に追い込んだだけで殺風景な街並みだけが残っている。
スーパーの撤退と比べると規模が小さいので過小評価されがちだが、街を荒らしている点は変わりがない。
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by stylejapan | 2011-05-04 17:40 | 商店街の活性化
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