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文化的消費
現代の資本主義は既に従来のような次から次へと消費形式を更新させ、次々と新しい消費財を手に入れるといった成長性を失っている。
消費行為は優越性の誇示や他者と自分とを区別するための手段ではなく消費を通じて生活の充実を図るためのものでも無くなってきている。

他方では、別の意味で現在もなお消費生活の高度化を目指しているようであり、食事や衣服、娯楽や文化的消費に対する生活者の欲求水準はますます高まっている。
文化的消費とは「機能的価値」ではなく、「精神的価値」を持続的に追求し、その観点から消費の質を上げようとするものであり、それなしには、成熟した生活者の関心を集め、満足させることは出来ない。

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# by stylejapan | 2016-12-04 07:19 | 生活創造プロジェクト
発想し続ける態度、やり続ける態度
プロフェッショナルとは体質そのものであって、単に資格によって何かができるのではなくて、やり続けるという態度、仕事に対して責任を負い、発想し続ける態度を持っている人を指す。カネを稼ぐかどうかという点は、プロフェッショナルの本質的要件ではない。

一般の人たちの知識が及ばない分野、信頼している社会的役割、それらへの信頼に対してプロフェッショナルには探究心が求められる。ドラッカーは、世の中をつくるのは、普通の人であり、誰でも一流のプロになれると言い続けてきた。加えて、能力が人を変えるとも述べている。

「自らの成長のために最も優先すべきは、卓越性の追求である。そこから充実と自信が生まれる。能力は、仕事の質を変えるだけでなく、人間そのものを変えるがゆえに、重大な意味をもつ」(ドラッカー「プロフェッショナルの原点」)。

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# by stylejapan | 2016-11-30 00:05 | 生活創造プロジェクト
発想の鍛錬
発想には主語と対象が存在するはずである。自分のやろうとしていることが誰かのためになる、社会の役に立つと考えるのが発想の基本だと思う。そのように考えることで何らかの進展が見られる。

自分自身のこと、地場産業の活性化のための組合活動、商店街の活性化、街づくりなど、それらに進展が見られないのは、対象のことが欠落している場合がほとんどだと思う。

その意味で、社会の共通善への発想こそが、自分の、地域社会の、共に活性化につながるはずである。

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# by stylejapan | 2016-11-29 07:08 | 生活創造プロジェクト
人間が能動的になれる価値を提案する
どのような職業であっても、その職業にふさわしい「思想」を持つことが大事である。それはひらめきではなくて、日頃よりの発想の鍛錬から生じる。
その発想の根源は、「こうすれば人に喜ばれ、社会に役立つ」という『共通善』にもとづく思想しかない。

共通善とは、「皆にとって善いこと」を指す。ビジネスの観点で言うと、近江商人からはじまった売り手、買い手、世間それぞれに「良いこと」を提供することを意味する「三方よし」。そして、近年注目を集める経営論である「CSV(Creating Shared Value、共通価値の創造)」も同様に、皆の“共通”の利益を志向する考え方だ。いずれも共通善を志向する根底は変わらない。







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# by stylejapan | 2016-11-24 08:59 | 生活創造プロジェクト
大衆化社会からの脱出
世界に先駆けて、想像を超えたスピードで進んでいくこの国の超高齢化。それは人口減少、地域・世代格差、単身世帯の増加、いじめや虐待の増加、未成年の自殺、うつ病の増加など、様々な社会変化を伴いながら進行し、この国のカタチを大きく変化させつつある。

すでに「モノの豊かな社会」になり、その社会をどう捉え直していくのか、それは単なる効率主義でも単なる成果主義でもなく、格差社会から成熟社会への転換、平坦な大衆化社会から如何に脱出していくかが問われている。

それはすぐれたモノやシステムの世界より「人間の人生」を基本にとらえることであり、今、何のために生きるかが改めて問われているのであって、そのためには大衆化ではなくて多様な個人を尊重する社会空間の再構築が課題であり、そのことが「心の砂漠化」、「無機質な社会」からの脱出にもつながる。

モノが溢れた状態で生活することが、心に余裕も無くし、うつ病もモノが豊かになりモノへの依存心が高まった故の症状と言われている。また、精神面の健康を保つためには、まずは休める空間が必要になる。

それら問題の本質を一挙に捉え、そこに調和と秩序をもたらす行為、魅力的な空間と共感される生き方を提示し、それに触れた人の行動を喚起し、ポジティブな気持ちにさせる行為、自律的に生きようとする提案は支持されるに違いない。少なくとも宣伝によって欲望をつくり出そうとする行為よりも。











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# by stylejapan | 2016-11-20 07:46 | 生活創造プロジェクト
孤独な群衆
社会の伝統や慣習に従うことを行動の基準とする伝統志向型、自己の内的な確信や良心に従って行動する内部志向型に対して、周囲の他人やマス・メディアに登場する人や風潮を行動の基準または指針とするのが他人志向型である。

他人志向型の人たちは、自分の信念を貫くことよりも、他人とうまくやっていくこと、他人から受け入れられ認められることを求めるので、他人の意向に絶えず気を配り、それを的確にキャッチし、それに自分をあわせていこうとする。この意味で、他人志向型の人間の心理機構はレーダーに例えられる。
長いものに巻かれて、自らの意志を表現するよりも大樹への忠誠とへつらいという姿勢で由とする人もいれば、他者の視線を四六時中気にするような人もいる。

「孤独な群衆」を著したアメリカの社会学者デビッド・リースマンによると、大衆化社会では、自分自身の中に絶対的な羅針盤を保った独立独歩で生きる「内部指向型」人間は姿を消し、周囲の平均的な人々を手本とし、自らの行動をそれにあわせ精神的安定を得ようとする「他人指向型」人間が増加する。

個性と主体性を失い、孤立しながら群れ集まって生きる現代の人々を孤独な群衆とよび、仕事によって自己表現をするのではなくて、仕事を家計の質を得るための手段にすぎないと割り切って、自己表現の場を瑣末な消費生活に求めると述べている。








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# by stylejapan | 2016-11-19 11:22 | 生活創造プロジェクト
大衆化社会における地域の再生
本来、「市民」と「大衆」は全く異なる概念である。たとえば「市民」とは、自律性を備え公共の問題に積極的に関わる自由で平等な人々を指す。

「大衆」とは、他律的で公共の問題に無関心で受動的な人々を指す。「大衆化社会」とは構成員の大多数を大衆が占める社会をいう。

経済発展により核家族化から個人の孤立化へと進展した現代社会においては、マス・メディアに依存して自分の方向を確認し、自分自身の中に絶対的な羅針盤を持たないで自分の考え方や行動が左右される傾向が顕著になる 。
そんな中でいかにして地域の再生を実現させるのか、時代を切り拓くGame changer の出現に期待する。









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# by stylejapan | 2016-11-17 08:09 | 生活創造プロジェクト
公による地方創生
近代国家では、公務員と生産者およびサービス提供者、さらにそれぞれが交換者として社会を構成している。
別の角度からは、雇用者と被雇用者という関係もある。

そんな中で、地域の活性化のプロデューサー役として誰が相応しいのかという問いの答えは行政職員である
本来、行政職員の仕事は地方創生の専門家である。

自分たちが望ましいと思う多種多様な地域的目標を、地域内外のさまざまな人びとの力を合わせて実現していける状況の牽引役としての役割がある。
また利害関係が存在しないことも大きい。規模の経済からの転換を難しくしているひとつの理由として、儲かるか儲からないかの尺度がある。この点も、そのような尺度に左右されない行政職員が主体を担うに相応しい理由である。

行政職員が自らに課さないといけない課題がある。
余所から憧れられるような地域づくりを描く構想力と資金繰りまで上手にやれる現場感覚をどのようにして身に付けるかだ。
その養成役なら買って出たいと思う。












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# by stylejapan | 2016-11-16 10:23 | 生活創造プロジェクト
「ウチ」「ソト」を強く意識する日本的ムラ社会風土
日本には明らかに「家」がある。廊下は全然往来となることはなく、また往来は全然廊下となることがない。その関門としての玄関あるいは入り口は、そこで戴然と廊下往来の別、内と外の別を立てている。我々は玄関をはいる時には「脱ぐ」ことを要し、玄関を出るときには「はく」ことを要する。配達夫も小僧もこの関門を入ることはできない。カフェーも飲食店もすべて「よその家」であって、決して食堂や茶の間の意味を持たされない。食堂や茶の間はあくまでも私人的であって共同の性格を帯びることがない。日本人はこのような「家」に住むことを欲し、そこでのみくつろぎ得る。” 和辻哲郎『風土』


インド・イタリア式の家では、それぞれ個々人の部屋はあるが、家族全員の共通の場というのが、たいへん重要な機能をもっていて、そこでみんながおしゃべりをして、一日の大部分の時間を過ごすのがつねである。これに対して、日本の家はどうであろうか。まず、その特色は個室というものがないこと。各家族成員に明確にそして恒常的にきまった部屋というものがない。(中略)外国人は家を買ったり、借りたりするとき、「ベッド・ルームがいくつある家か」というように、家の大きさを表現する。それに対して、日本人は「何坪の家か」あるいは、すべての部屋をひっくるめて「いく部屋の家か」というふうに表現する。日本人は、住居(部屋)というものを家族生活に必要な機能によってみる。たとえば、居間、納戸、玄関、台所などというように。ところが、他の社会では、住む人を中心にして考えるわけである。すなわち家族の各人の部屋がちゃんとあるかないかということが問題になるわけである。こうしたことからもよくわかるように、日本人は、家族というものを、個々人にわけないで、一つの集団として考えている。(中略)いちおう、部屋の仕切りはあるが、障子や唐紙なので、すいてみえたり、隣室の声がきこえたりするというばかりでなく、寒い季節を除いては、障子や唐紙はつねにあけられているのが普通である。”
 “内部の配置・人間関係は、当然外部との関係に影響してくる。日本式では、内部に壁というものがないかわりに、外部に対する壁がたいへん厚くなっている。したがって、人々にとって、家のウチとソトでは大変な違いがある。” 中根千枝部屋の配置と家族関係』


〈ウチの者以外は人間にあらずの感〉「ウチ」「ヨソ」の意識が強く、この感覚が尖鋭化してくると、まるで「ウチ」の者以外は人間ではなくなってしまうと思われるほどの極端な人間関係のコントラストが、同じ社会にみられるようになる。知らない人だったら、つきとばして席を獲得したその同じ人が、親しい知人―特に職場で自分より上の人―に対しては、自分がどんなに疲れていても席を譲るといった滑稽なすがたがみられるのである。実際、日本人は仲間といっしょにグループでいるとき、他の人に対して実に冷たい態度をとる。” 中根千枝『タテ社会の人間関係』


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“日本人が自分の属する職場、会社とか官庁、学校などを「ウチの」、相手のそれを「オタクの」などという表現を使うことにも表われている。
私の、またわれわれの会社であって、主体化して認識されている。そして多くの場合、それは自己の社会的存在のすべてであり、全生命のよりどころというようなエモーショナルな要素が濃厚にはいってくる。” 中根千枝『タテ社会の人間関係』











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# by stylejapan | 2016-11-14 06:52 | 生活創造プロジェクト
時代を進める
人の言うことは気にするな。
「こうすれば、ああ言われるだろう」、
こんなくだらない感情のために、どれだけの人がやりたいことも出来ずに、死んでいくのだろう。 John Lennon

旅をし、本を読み、興味のあることに取組む中での人との出会い。それらによって自分の中にあるもののブラッシュアップを行う。そのようにして自分の感覚は自分の意志で学ぶことが出来る。

いつの時代も、時代の空気を感じながら周囲には流されない自分の哲学を持った人々が世の中を進展させてきたはずである。
宿命を感じ、何かに突き動かされながら、時代を進めていく人々である。

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# by stylejapan | 2016-11-06 07:06 | 生活創造プロジェクト
規模の経済からの修復
「かつて我らの師父たちは、貧しいながらかなり楽しく生きていた。そこには芸術も宗教もあった。今や我らにはただ労働や生存があるばかりである。宗教は疲れて近代科学に置換され、しかも科学は冷たく暗い」(宮澤賢治)

規模の経済原理の影響を最も強く受けたのが地方社会である。商店街は崩壊し、やがてスーパーも地域人口の減少により撤退していく。買物をするにも商品の選択肢は都会に比べると圧倒的に少なく、売れ筋商品中心の品揃えであり、文化の匂いを漂わせた個性のある店も無くなる一方である。

地方都市の風景はどこも画一的で、多様性に欠けている。若者にとっても中高年にとっても、想像力をかきたてるような面白い居場所がない。街空間をどのようにすれば価値観が多様化している現代に対応できるかを課題にしなければ人は戻っては来ない。そのためにはPDCAサイクルを早く回しながら手法を見つけることだと思う。

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# by stylejapan | 2016-11-04 10:33 | 生活創造プロジェクト
ユニークな個の動きの相互作用
活性化しない地域は消滅するか、それとも存続していくか、その答えは小さな動きの中にある。

地域社会あるいは業界、それらの将来に希望が見い出せない状況、人間関係に対しての疑心暗鬼、秩序を重んじる固定観念がはびこる風土など、それらの全体の中にあってもユニークな個の動きとの相互作用によって個が際立ってくると、予期しなかった全体に変化の兆しが現れたりする。

さらにユニークな動きの個々の間に切磋琢磨が生まれてくると、それらによって「予期しなかった」新たな風土が生まれてくる。

秩序と混沌とした状況の中間に生まれたユニークな個の存在こそが、消滅か存続の鍵を握っていると思う。

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# by stylejapan | 2016-11-03 10:57 | 生活創造プロジェクト
学習し、トレーニングし、実践し、成長し続ける
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# by stylejapan | 2016-10-27 00:20 | 生活創造プロジェクト
創造性を誘発するプラットフォーム
自律している、あるいは自立しようとしている「個」が多数集まる相互作用によって、その個別のパフォーマンスの合計よりも質的に異なる高度で複雑な秩序やシステムが生じる。

周囲の予測や意図、計画を超えた構造変化や創造性が誘発されるという意味で、このことを「創発」と呼ぶ。

ひとりで考えていたり、馴れ親しんだ人たちに囲まれているだけだと、考えが一カ所にひっかかって、最初にあった自分自身の偏見から抜けられない。多様な人たちで構成される集団での意見交換にある社会的な流れが、個人の凝り固まった発想を柔軟な考えに変える。グッドアイデアを得るこつは、孤高の高みにおさまって、大きなことを考えようとすることではない。集団を構成する個別要素との相互作用によって新たな発想が得られるというのが自然の摂理である。

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# by stylejapan | 2016-10-20 07:58 | 生活創造プロジェクト
創造性を引き出す環境
カフェは、これまで500年にわたって知的創造の発展と普及の中心的役割を担ってきたとの見方がある。その重要な理由は空間構造にあり、さまざまな経歴の人たち、さまざまな分野の職業の人たちが空間を共有することにより、互いを触発し、創造性につながるという見方である。

このような良いアイデアが生まれ、育ちやすい環境を考えた場合、新しいアイデアを抑圧する環境もあれば、難なく生み出すように見える環境もある。都市やウェブがイノベーションの原動力だったのは、複雑に絡んだ歴史的理由から、グッドアイデアの創造、普及、採用に効果的に適しているからである。

異なる発想に遭遇することで、そこでそれまで想像していなかった新たな視野が拓け、新しい発想が生まれ、そこから新たなアイデアの進化があり磨かれていく。広い範囲の多様な人々との出会いの場、それがカフェの真骨頂といえるだろう。

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# by stylejapan | 2016-10-19 08:39 | 生活創造プロジェクト
創造性
批判からは創造性は生まれない。

理にかなっていることは知識や経験にもとづいて説明できるが、知識は過去から得られるものだから時代遅れでもある。経験もまた過去の問題を解決しながら築きあげたものだから、現状に合うように形を変える必要がある。知識はオリジナリティと、経験は創造性の対極にある。

今、ここでのオリジナリティと創造性が発揮出来るのかが課題であって過去でも未来でもない。

過去に頼る人たちの印象は、頑なで、退屈で、ひとりよがりな印象である。
創造性を実現するためには、間違いを犯すことにびくびくしなくていい。後ろを向いて、今まで来た道を確認しながら進めていっても、今持っている以上のものを手にすることはない。

今、チャレンジすることは今までの自分じゃない、新たな自分の発見が出来たりする。

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# by stylejapan | 2016-10-16 09:26 | 生活創造プロジェクト
Design Thinking
世界で最も大きなタクシー会社はUber – 所有している車: 0
世界で最も大きな宿泊業者はAirbnb – 所有している宿泊施設: 0
世界で最も大きな販売店はAlibaba – 所有している商品: 0
世界で最も人気があるメディアはFacebook – コンテンツ作成無し
世界で最大の映画ネットワークはNetflix – 所有している映画館: 0

モノは、基本的に購入する時点でその内容と価値が決定している。利用を始めてからもユーザーにとってその価値が変わらないか下がる。サービスは、基本的に購入する時点でその内容と価値が決定していない。利用を始めてからユーザーにとってその価値が上がる。

今の経済を支えているのは、サービスの提供である。生活者が求めているのはモノではなくて、コトであり、出会いや感動を含む体験である。産業革命、情報革命などに続く、サービス革命が進行している。それに合わせ、モノづくり産業もサービス産業に変化しなければならない。そのためにはユーザーとの接点となるサービス空間をデザインする重要性が高まっている。

このシフト(変化)を地方で進めていくには多くの障壁がある。
地方には、出る杭を打つ風潮、次世代への継承を度外視した空き店舗の増加、自治体の単年度予算、短期的成果を求める姿勢、官対民の二層構造による協働の難しさなどがあり、地域マネジメントが上手く行われない状況がある。









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# by stylejapan | 2016-10-10 10:08 | 生活創造プロジェクト
コト消費へ、さらに人とのつながりへ
あいつぐ量販型ビジネスの不振は長年に渡って言われてきたモノ消費の終焉をあらわにしている。
地域経済活性化のためにも、製造業・農業などモノを作って域内外で売る発想だけでなく、一般の生活者が「時間」を消費できるコトを作る空間を創出することが重要になる。

モノやサービスの魅力的な提供スタイルや空間設計によりデザインされた「時間」を顧客が消費する、いわゆるコト消費は、需要と供給が同じ時間・場所で発生するため、人々をコト消費の場に引き込むことが目標になる。

そこでは個別事業者が魅力的であることはもちろんのこと複数の事業者それぞれの社会性が高く、個々の取組み姿勢が相乗効果を生みだすようにその集積を一体的に運営管理していくことが重要になる。

そして、このような魅力的な集積をつくることをイメージしても、既存の枠組みには限界があり、発想の転換を図れない人たちがこれらの推進の阻害要因になっているのが現実である。しがらみによって構成されている風土はサードプレイス的発想には至らない。

地域経済活性化のための最重要課題は新たなビジネスアイデアではなくて「心理」だと思う。個々が深く自分自身を内省し、本当の意味で自らの成長をのぞみ、そのことで社会空間を豊かにすることに貢献しようとする意志によってしか活性化は実現しない。

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# by stylejapan | 2016-10-07 08:40 | 生活創造プロジェクト
成長する人
ハーバード大学で、成人学習、職業発達論を研究するロバート・キーガン教授によると、変化が必要だと思っても、85%の人が行動すら起こさないとされる。

成長したいと思っても、その裏にある「自分のやり方でやりたい」という気持ちが阻害要因になったりする。また年齢がいくと新しい考え方に素っ気ない態度をとりがちになる。それらを問答無用に却下したり、相手の発言を封じることが多くなる。

今日と明日の世界で直面する課題の多くは、既存の思考様式のままで新しい技術をいくらか身につけるだけでは対応できない。そうした課題に対応するためには、知性のレベルを高めることによって、思考様式を変容させなくてはならない。

「知性」とは、考え方、思考であって、知能ではない。つまり、情報をたくさん持っていたり、知識が豊富であったりすることを指すわけではない。

深く自分自身を内省すると同時に、自分を取り巻く世界を深く理解する能力を指す。視野の広さや、自分自身のことをよく分かって内省できる力、そんな知的能力を指す。

本気で何かを変えたいなら、考え方と行動のどちらも変えなければならないと説く。学んでそれを素直に実践していく人は絶え間なく成長していくように見える。





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# by stylejapan | 2016-10-03 08:27 | 生活創造プロジェクト
ブランドも顧客も同じ方向を目指す
ブランディングは特定の顧客層に向けて行われる。

すべてのお客様を満足させることは出来ないという考えが背景にある。
短期的な利益ではなくて、顧客との長期的な関係を大切にしたいという想いがある。
短期で利益を上げる人は自分のことしか考えない。長期で関係性を維持する人は社会のあり方まで考えている。

ブランドと顧客、そして社会活動、同じ方向を共有し活動を進展させていく。
これが出来たときに長期の関係性が成立するのだと思う。




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# by stylejapan | 2016-09-27 08:16 | 生活創造プロジェクト