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時代の転換
我々の祖先は、「イエ」や「ムラ」に代表される共同体の構成員として自己を位置づけ、個々人の自我を集団の中に埋没させることを美徳とする倫理観の中で生活してきた。高度成長期における「カイシャ人間」も同様である。
この風土が、創造的個性を摘み取り、一方的に傾きやすい世論、学歴信仰、ブランド商品指向にみられるように「主体性の欠如」をもたらし、青少年の積極的な社会参加への流れを遅れさせ、国民の活力や創造力の発揮を妨げてきた面があると指摘されている

しかし、情報革命が時代を大きく変えようとしている。
社会の変化に伴って新しい勢力が台頭し、それまでのポジションに安住していた人間にとって代わる、従来よりもはるかに風通しが良く明るく活力のある時代が、転換期であり、激動期である。

既存の秩序が崩壊し、慣れ親しんだ常識や立場を維持しようとする人々がまったく断絶する時代、つまり選手交代の時代が訪れている。

産業の主役が製造業からサービス業に代わり、主導権がメーカーから小売業に代わり、売り手主導から消費者主導に代わり、さらに共創価値の概念が広がり、情報化が著しく進展し、知識労働者が興隆し、グローバル経済が出現し、企業間の連携が盛んになり、過去の延長線上では考えられない、断絶の結果である。

日本サッカーが海外から一流の指導者を招聘し、ぶつかり合いの原則を学ばせることによって、個を磨き実力を向上させてきた。そこでは、選手の交代は常に訪れてくる。









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by stylejapan | 2016-01-31 10:42 | 生活創造プロジェクト
行政組織におけるリーダーシップ/ピーター・ドラッカー
ドラッカーは、行政組織におけるリーダーシップにも言及している。
行政組織においては、勇ましく先頭に立つとか、果敢に人を引っ張るといったことを、リーダーシップと考えてはならない。そこには意義も効果もない。 例えば、奇抜な発想をする行政組織におけるリーダーの過度な主張は、取り巻きを作るだけで、周囲の助言を遠ざけ、組織を萎縮させて自立性を失わせ、進むべき方向を間違えることになる。

有能なリーダーであれば、
まず組織内を見ることを止め、
組織外へ、社会へ、顔を向けることからスタートする。
自らの果たすべき役割を常に住民基点で考え、
そこからなすべきことを自問し、
組織の外、社会をより良くする目的のために働き、
組織の外の人たち、事業者や住民を満足させ、
組織の外、地域社会での成果をあげなければならない。

これが自らの姿勢と能力で可能かを考える。この住民基点の姿勢と行動を忘れたリーダーと内向き組織が、社会で成果をあげることはない。事業者負担、住民負担が増えるだけである。それらが多くの地域で見られる現状である。

行政組織におけるリーダーシップとは、行政組織の使命を達成するために組織能力を最大にし、事業者や住民と膝詰めの対話を繰り返し、その姿勢とそこから生まれた政策から、事業者や住民の自発的な自助努力を誘発することにある。自らではなく、組織の外にいる事業者や住民が自力での成果をあげることを目指して総力で支援することである。これ以外の役割は無い。

これには、まず、事業者や住民の行動に幅広く良好な影響を与えられる、社会的改革を推進するリーダーとしての、より一層の厳しい自己研鑽が必要になる。その基点には、改革の原動力はリーダーにあるのではなく、事業者や住民にしかないこと。

そして、事業者や住民の協働が不可欠な地域社会を良くしようとする取り組みは、事業者や住民から感謝される真摯な行動にしか、事業者や住民の協働が得られる要因はないことを強く認識することである。

ドラッカーは、行政組織は自らのために存在するのではない。社会的な課題を担う社会のための機関である。行政組織の目的は、社会に対する貢献である。その行動の基準は自らの外部にあるとする。 さらに、行政組織への幻滅の最大の原因は、成果を上げていないことにあると語る。

行政組織は、事業者や住民が高いモチベーションを得て、自発的、躍動的に働いてこそ、組織の存在が許されることを忘れてはならない。その原資はすべて、事業者や住民が負担しているのである。必要なのは住民の自発的な自立である。それを引き出す生活目線に立ったリーダーシップと行政組織の「模範的行動」である。そこから得られるのは事業者や住民からの感謝と組織の健全性である。



いったい自分には何が出来るのか?それぞれが、そのように考える、その精神性、哲学によって健全な社会空間は形成されていくはずである。



■地場産業の活性化が上手くいかない考え方、要因
①事業であるのか、産業であるのか、その視点を持っているか
②製品中心の発想・・・効果の広がりが起きにくく、一過性に終わる可能性が高い
③流行づくりを狙っている・・・地域空間が良い方向に向かう過程に意味をもたらさない
④リーダーシップの欠如・・・直面している難題に正面から向き合い、それぞれが役割を発揮しているか、事業者のモチベーションを引き出そうとしているか
⑤古い価値観で縛り、新しい価値観を弱める慣行
⑥なれあい文化=依存心
⑦若者への過度な期待・・・自らは安全領域にいる立場からの無責任な押しつけ
⑧デザイナーへの過度な期待・・・打出の小槌は持っていない
⑨流通の現場に関心が向かない
⑩生活の視点が弱い








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by stylejapan | 2016-01-28 13:54 | 生活創造プロジェクト
店の原点
「マーケティングにおける先駆者」ともいわれるジョン・ワナメーカー(John Wanamaker)は、、1875年に使われていない鉄道車庫を購入し、「グランドデポット」と呼ばれるデパートを建設した。この「グランドデポット」は1つの敷地内に各種専門店を集めたフィラデルフィアにおける最初の百貨店といわれている。
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彼の語録に、次のような言葉がある。
「顧客に失望させるぐらいなら、むしろ販売をしない方が良い」
「店は、その売上高がいかに大きくても、またどんなに面倒であっても、すべての顧客や見込客に喜んで商品を見せることである」
「困難なことは頭からするな、非常に成功の邪魔になるという人がある。しかし、決してそうではない。人間というものは、困難なことに遭えば遭うほど、ますます新しい力が出てくるものだ。」

店は、その発祥以来、商品の売買の場という立場を超えて、顧客に幸せを与える場であった。生活者である顧客にとって、新たな発見をする場、発見を通じて感動を起こす場が店であった。

店は、提案側にとって、商品流通の場でありながらも情報交流の場である。また消費側にとっては、商品の購買活動を通して社会と接し、ライフスタイルを創造する場が店なのである。

店を劇場として捉えると、さしずめ販売はひとつのショーであり、ディスプレイは見世物である。そして顧客は、ショーが演じられる店という劇場で主役を演じることになる。店は、顧客がパフォーマンスする見世物小屋であり、主役である顧客が心地よい満足を得られる演出が施されている空間なのである。
こういう感覚こそが店の原点であった。









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by stylejapan | 2016-01-27 01:01 | 生活創造プロジェクト
モノづくりの課題
製造業の利益率は、間違いなく低下傾向にある。
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そのことは製品開発力が低下し、優れた製品を開発、導入出来なくなったからではない。新製品を開発しても、すぐにコモディティ化が始まり価格低下が急速に進んでしまうからである。それではコモディティ化していない製品はあるのだろうか、そこに着目すると発想が変わってくると思う。

それらの多くは、素材や機能によって価値が表現されているものではなくて、その商品やサービスに対して特別な意味が見出されるものである。顧客側が抱いた特別な想い入れから商品やサービスそのものが持つ価値を越えて評価されるものである。

コモディティ化の対岸にあるのは、機能や品質ではなくて、喜びや感動するなど感情的な高揚を伴なうモノゴトに対して対価を支払うものである。これらの価値を定義づけることは難しく、また関心を持ちにくい人たちもいるはずだが、ブランディングの方法が最も適切に説明していると思う。





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by stylejapan | 2016-01-26 02:41 | 生活創造プロジェクト
顧客と価値を共創するための空間
共創モデルの背景にはふたつの要因があるといわれている。
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そのひとつは、消費者の価値観が多様化する中では、多くの人たちに支持される商品を開発し、それを長期に渡って大量販売することが困難になってきたこと。
ふたつめは、ポケット内のスマホによって常時、マイコンピューターがインターネットにつながっている生活の普及によって、コミュニケーションをとる機会が飛躍的に増えたことである。

顧客と価値を共創する時代環境は整ったように思えるが、実際にはふたつの高い壁が出現している。

そのひとつは、製品やサービスを提供する側が消費者の求めるライフスタイルをどれほど実践していて、中身のあるコミュニケーションが行えるかどうかというスキルの壁。
ふたつめは、その分野に対して思い入れがあるファンが、その企業の想いに触れたときに評価に値するレベルにあるかどうかという壁である。

これらの壁を乗り越える条件として、製品やサービスを提供する側が、その分野が単に金儲けのためではなくて本当に好きであること、さらに自らの生活の中でもそれらを取り入れてたえずブラッシュアップする努力を行っていることがある。要するに、提供する製品やサービスの観点から消費者に向き合うというよりも、自らもファンから共感される人生を送っていることではないだろうか。










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by stylejapan | 2016-01-23 12:24 | 生活創造プロジェクト
これからの商い空間
多くの分野においてモノがコモディティ化し、モノを売るだけの経済モデルでは利益を上げることが困難になってきている。そのことはモノづくりの相対的な付加価値が低くなってきたからといえるだろう。

製造業の考えは当然、モノが中心になりがちになるが、商業においては1980年代半ばには、生活者のライフスタイルに合わせた店づくりが行われ、様々なモノやコトを組み合わせて特定のモノづくり業界に依存しない「生活の豊かさ」のありかたを提供するスタイルを進化させてきた。
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顧客との関係において商業者が最も大切にするのは、店をリピートしてくれる顧客の獲得であって、そのために生活提案を通じて顧客との継続的な関係構築に腐心してきたが、売場から遠い位置にいる製造業にとってそのことは現実的な感覚が伴なわないできた。このことが製造業のサービス産業化への移行が求められる理由のひとつである。

さらにインターネットの普及という、いわば情報革命は、従来の「商材を持つ者が持たない者に対して、商品価値と等価な代金さえ支払えば商品をその対価と交換で提供するという経済モデル」から、「自分たちをうまく使ってもらうことで、両者にとってお互いに意味のある価値を生みだすことを目指す共創モデル」へと時代を動かしつつある。

このことにより商業空間もまた進化していくことになる。
完成された空間にはそれを享受しようとする人が集まるが、まだまだ未完成で「これから何かが起こりそうな空間」には行動を促す主体性のある人たちが集まってくる。旧来のモノやサービスと代金の等価交換だけのための空間ではなくて、顧客と価値を共創するための空間を目指すならば、“行動を促す主体性のある人たち”を顧客として獲得していくイメージでもって空間を構築しなければならないだろう。







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by stylejapan | 2016-01-19 10:28 | 生活創造プロジェクト
商業文化のこれから
世界最古の百貨店といわれるフランスのボン・マルシェが今につながる百貨店のシステムを確立したのは1852年。ボン・マルシェがオープンした1年前、そして、最初のパリ万博開催の4年前の1851年に、世界最初の万国博覧会であるロンドン万博が開かれている。今から160年くらい前である。
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イギリスで起こった最初の産業革命は、1760年代から1830年代までという比較的長い期間に渡って漸進的に進行したとされている。それによって効率よく生産したものを、より効率的に売らなくてはいけなくなった時代背景が生まれ、そこから様々な製品を集めて、見せて、欲望を喚起するという実験が博覧会であり、さらに百貨店ビジネスへと結びついて行くことになる。

そして、集めて、並べて、見せることで欲望を刺激して買ってもらえるようにするという空間づくりは、ネットショッピングも伴ないながら、今なお視覚的な表現や技術に様々な工夫を加えながらも続いている。
しかし、百貨店システムの低迷、総合スーパーの店舗数縮小の動きに見られるように、完成された商品をそのまま買ってもらうという価値提供の形が徐々に機能しなくなってきている。

ボン・マルシェから半世紀後の1904年(明治37年)に日本で初めて「デパートメントストア宣言」をした三越が、時を経て日本橋三越本店として、ファッションデパートの道以外のビジネスモデルを持った百貨店を目指し行った「カルチャーリゾート百貨店宣言」は、単にモノを集めて並べて見せているだけではなく、その空間において、様々な人との出会いがあったり、その出会いから何か新しい物事が生まれてくるような「体験価値」「共創価値」を目指したものである。
この起点とも呼べる「はじまりのカフェ」は、「どこに行けば買えるのか分からないモノ・コト」を提案していく体験型複合ショップ。
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このようにして、製品としてのモノだけを売る時代から、共創のなかで社会に新しいコトを生みだすパートナーとしてあることが重視される時代へと、価値提供のあり方を模索する流れが広まりつつある。

そんな観点から、製品を見せる場とは異なる、感情価値や共創価値の提供を通じて、新たなものがそこから生まれてくる空間のあり方というものが、いま様々な場所で行われている実験である。


製品の完成に至るプロセス、製品の背景にある人生観、仕事への想い、社会的課題の解決に向けて共創しようとする姿勢など、人や社会が共感、共鳴する「感情価値」「感性価値」を中心に据えた空間が支持される時代になりつつある。





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by stylejapan | 2016-01-17 08:36 | 生活創造プロジェクト
商業文化=店舗デザインの本来
経済的合理性を良しとする時代は、商業が培ってきた伝統や文化を無きものにしてきた。

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ファストフード店やファストファッション店、コンビニや外食チェーンに代表されるような、消費を簡便に済ませようとする形態の氾濫が、幾代にも渡って作り上げてきた商業文化を薄っぺらいものにした。

本来、生活を豊かにさせるのは、ひとが必要とするものを合理的に手に入れることで満足させるのではなく、「贅沢に費やそう」という意味合いも含んだ「必要」が豊かさを実感できるのだと思う。
もちろん、それは現代のように次々とものを使い捨てるような贅沢ではなく、店主によって一つ一つのモノやコトに込められた贅沢をゆっくり尊敬の念をもって味わうような贅沢である。

そして、そのことを体験する空間こそが店舗であり、それは店主が仕事を通して社会とつながる場所である。

伝統でつながった過去からの社会との一体感が本当の意味で我々が必要とする共創であり、それはイマジネーションに働きかけるものである。

優れた店舗デザインとは、デザイナーや店主だけのチカラによるものではなく過去から幾代にも渡る商業文化の労作の歴史との共創であり、そのようにして進化させた商業文化を次世代に継承させるものである。またそのことがサステナビリティーに通じるのだと思う。

町の再生に係わるひとは、そんなところからもう一度、商業が培ってきた文化と店舗デザインの本来を考えてもらいたい。







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by stylejapan | 2016-01-16 04:43 | 生活創造プロジェクト
店=文化
文化とは、人類の理想を実現して行く、精神の活動。技術を通して自然を人間の生活目的に役立てて行く過程で形作られた、生活様式およびそれに関する表現とある。
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店空間もまた、単に商品やサービスを提供するためだけのものではなくて、文化を継承し、それを発展させていかなければならない。

年月を経ても色あせることなしに、街並みを形成する一つの環境として、そこを利用する人たちにとっての“文化”として、人の精神に刺激を与え続けるものが優れた店舗である。







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by stylejapan | 2016-01-14 09:25 | 商店街の活性化
共感=論理+感性表現
人の”共感”を生み出して、それを“使っている自分”を想像させ、共感をしているので実行してみたい、使ってみたい、買ってみたいというふうに最終的に“自発的に人に行動してもらう”には、仕事に対する「想い」が相手や社会に理解されなければならない。
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つまり、伝えたいことを伝えるために、どういう道順をたどるべきかを考えることが重要となる。また、伝えたい内容の理屈が通っており論理的に理解できても今度は『どこか腑に落ちない』ということであれば、共感を得るには至らない。

さらに、“共感”を得るために必要なのは、あらゆる点における魅せ方、空間構築、商品をふくめたトーン&マナーなど、“感性を刺激する表現”である。

論理的にコンセプトや想いへの考えを伝えたら、感性に訴えかける表現、目に見えない部分まで含めて、それらをいかに伝えるか、想像をかきたてるかの創意工夫をすることが必要となる。











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by stylejapan | 2016-01-06 12:50 | 生活創造プロジェクト