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個々人による多様性の出現こそが活性化の状態
政治主導、行政の主導によって、地域が活性化していく道筋もあるだろうが、個々人が発するエネルギーによる活性化への道筋に興味を持っている。

それは、優れた才覚の持ち主が地域を束ねてその道筋を作るのではなくて、個々人がそれぞれの目標を達成することが、地域の活性化につながるという発想である。

特に、社会的領域である地域の活性化という課題に対しては、リーダーとしての卓越した個人は匿名化し、その成果よりは地域の進歩という理解を元に前進させていくべきだと思う。

地方にありがちな、縦社会や閉鎖的な社会は、本来の活性化した状態に不可欠な“多様性”を受け容れにくい。
その意味でも、地域全体の活性化のためには、個々人が素敵な存在感を形成していくような「流れ」に期待したい。
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by stylejapan | 2012-09-30 21:12 | 地域再生
個人商店の復活
フランスの詩人、文学者アンドレ・ブルトンは、彼の代表作「「シュルレアリスム宣言」の中で、パリのパサージュについて触れている。パサージュ本来の意味は、街路や移動、通過点であるが、ここではアーケードのある商店街を指し、日本の商店街のアーケードもこれらに由来すると言われる。

ガラス屋根で覆われ、両側には商店が立ち並ぶ比較的狭いアーケード街は、18世紀から、19世紀にかけてパリを中心にヨーロッパ各地につくられ、一階部分には商店、その上には個人の住居があった。パサージュよりも高級感があるものは「ギャラリー」と呼ばれた。

19世紀はパリの街が劇的に近代化を遂げた時期でもあり、道路や乗合馬車などの交通網の整備は暮らしぶりを一変させたが、路面に面した個人商店にとっては、客が落ち着いて店に立ち寄れる状況を後退させた。

そこで、発明されたのが馬車の乗り入れを禁じた、アーケードのある「パサージュ」であり、それらをタテ横に拡張させたものが「百貨店」である。
ともに商業における“革新”であるが、それらを構成するそれぞれの“店”も新たな業態を開発したことは言うまでもない。

特に、天才商人と言われたプシコーによって発明された「百貨店」は、豪華な室内空間、色鮮やかで工夫を凝らしたディスプレー、溢れる商品、この空間に足を踏み入れると、誰もが気持ちを高揚させるという、商業におけるイノベーションであった。

僕たちの社会における商業政策についての様々な議論には、商店が人々の生活を彩る「街の華」であり、それらの進化には「創造/クリエーション」が欠かせないという観点が欠落している。
買物を便利にするという視点ではなくて、明日を生きるためのエネルギー、モチベーションを与えることも商業の大きな役割であるという理解が欠かせない。買い物が便利であればよしとするいう発想には、豊かさとは何かという視点が無いのだと思う。

クリエーションは「個人」によって生まれることから、新しい商業を創造するのも「個人の商人」であるが、商業の進化を妨げるのは商業に対する“無知”である。
製造業が開発するのが製品であり、それに伴う価値であるとするなら、商業によって開発されるのは、商店の業態である。
“良い商品”を並べたからといって、そこには商業の革新は存在しないことを認識してほしいと思う。
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by stylejapan | 2012-09-30 17:04 | 商店街の活性化
権力と人間/Power and Personality
「権力と人間」は、1902年にアメリカに生まれ、16歳でシカゴ大学に入学した、ハロルド・ラスウェルの代表的著作である。
政治権力を人間の心理的側面から分析し、民主主義の理念を実現するための提案を論じたものとして有名である。
ラスウェルは、権力を特に強調する人格、言いかえれば権力追求者を、「政治人」と呼んだ。
彼は政治人の成立条件について以下のように考察した。
ラスウェルによれば、権力追求者の多くは、子供の頃に両親による厳しいしつけや周囲からの低い評価など、自らが承認される機会が少なかったことにより、それを補う手段として権力を渇望するようになり、そして、権力の獲得という私的動機を公の目的に転化させ、公共の利益の名において合理化する。こうして、政治人が成立するのであると論じている。
「マズローの欲求段階説」にある「承認」を渇望しながらも、高次元の欲求である社会貢献に転じようとするところに、「権力者」が必ずしも尊敬を集めるとは限らない理由がある。

*承認(尊重)の欲求(Esteem)
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求。 
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。
マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。
高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。
この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。
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by stylejapan | 2012-09-30 14:24 | 地域再生
魅せる
「店」の語源は、「見せる」にあり、「魅せる」に通じる。
言い換えれば、古くからいわれるように「売り場」ではなくて、「買い場」である。
そのルーツは「狩り場」であることから、買う行為そのものが本能的な「楽しさ、快楽」につながっている。

「店はお客様のためにある」という意味が飲みこめない店にファンは育たない理由がそこにある。
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by stylejapan | 2012-09-25 09:49 | 商店街の活性化
「仕事」
地方の活性化に関わるようになって数年が経過した。
仕事とはいうものの僕にとってはビジネスではない。先日もある県から謝礼についての問い合わせがあったが、そのことはどうでもいいことで、それよりも職員の本気度の有無を知りたいと返答した。

僕にとっての仕事は自分にとっての生きた証しだと考えている。
それはあたかも陸上選手が新記録をめざす気持ちと同じかもしれない。そのことで人に認められたいと思う人もいるかもしれないが、僕の場合は自分を評価できる成果なりプロセスに関心がある。
その内容は、世の中を少しでも良い方向に向ける流れをつくれるものでありたいと思う。

陸上選手が新記録を達成するためには、今まで培ってきた能力や技術、見識を土台として、さまざまな方面からの“進化”を必要とするが、地方の企業や街の活性化も同じだと考えている。そのためには、一流の選手に見られるように本人だけではなく、その周囲も含めて過剰なほどのエネルギーが必要だと思う。

加速度的に進展する情報化社会は、世界中を目に見えないネットワークやシステムで覆い尽くしていく。人間の感覚を伴なわないコミュニケーションは多大な情報をスピーディーに処理し、そのことで便利さをこうむっていることは間違いがないが、それらが増していけばいくほど人間本来の感覚や感情は希薄になり、そのことで心理的には不安定になっていく人が多いと思う。
このような情報化社会の進展とバランスをとる意味で、人間性、身体性の回復に主眼を置いた活性化の手法があると信じている。

そして、それぞれが自らの納得のいく「仕事」をすれば、それが目指すべき活性化の状態ではないだろうか。
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by stylejapan | 2012-09-23 12:22 | 生活創造プロジェクト
下請けたる所以
経済構造が変化する中で、企業もお店も状況はさまざまであるが、テレビの経済番組で紹介される成功談に関心を向けるよりも、経済の本質から考えてみるのも悪くないと思う。

「経済」とは、「人間の共同生活の基礎をなす物質的財貨の生産・分配・消費の行為・過程、並びにそれを通じて形成される人と人との社会関係の総体」である。

今の時代に所属しながらの感覚、人と人との関係、生活していて感じること、この時代において何で貢献できるかなど、それらの意識や感覚を研ぎ澄ますことでしか、目指すべき本質が見えてこない。

「脱消費社会」と言われる時代だからこそ、余計にその意味合いが実感できなければ、下請けからの脱出も困難を伴なうと思う。
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by stylejapan | 2012-09-22 10:09 | 地域再生
商業と製造業の活性化における共通点
お店をやっている方、始めようとする方、共にお客との接点となる「お店」を持つことを当たり前に受け止めている。
他方、モノづくりを生業にしている方は、その接点を持つことにハードルを感じている。
しかし、お客との接点なくして進めてきたことが、これからは通用しない状況だと思う。接点がないことが「盲点」といえるだろう。
また接点が出来たとしても、そこからの課題が山積している。
商業であっても製造業であっても以下のようなステップが欠かせない。

Step1:共感される想いの確立
Step2:価値の提案
Step3:顧客との接点
Step4:コミュニケーション力のブラッシュアップ
Step5:ファンの獲得
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by stylejapan | 2012-09-14 12:39 | 地域再生
小売業という仕事
小売業は、モノを販売するだけが課題と思われがちだが決してそうではない。
モノ(有形財)とコトや感覚(無形財)をどのように組み合わせて販売に結びつけるかに腐心する職業である。
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by stylejapan | 2012-09-13 13:23 | 生活創造プロジェクト
小売業の理論
前にも述べたが、小売業はあまりにも身近すぎるために、簡単に捉えられる傾向にあるので、その理論について、いくつか紹介してみたい。

一般に小売業の進展には、次の二つのことが要因となって新たな動きが生まれるとされる。
そのひとつは、消費スタイルの変化への対応である。
ふたつ目として、法規制の変更が挙げられる。後者は、大店法による大型店の出店規制やその緩和,酒類やクリーニング取扱免許制度、OTC医薬品の緩和法規制の変更などであり、それらへの対応によって、小売業態の変化が生まれる。

1958年、マクネアによって「小売の輪」が提唱された。
彼によれば,革新的な小売経営は既存の小売業態よりも低価格で参入することで市場を獲得するが、やがてフォロワーとの競争過程においてグレードアップを図ることになり、この間隙にさらなる低価格で新規参入してくる革新的な小売経営に取って代わられる。
(例)「価格破壊」、「流通革命」を旗頭に三越など百貨店を抜きん出たダイエーのようなGMSは、成熟過程において業態が百貨店に似かよってきたときに、家電量販やファストファッションのようなカテゴリーに特化して低価格を訴求する業態の出現により劣勢に立たされるようになる。

このように,小売商業の発展を主導する新業態参入要因を価格とこれを規定するコストおよびマージンに見出し、革新的な小売経営を模倣するフォロワーと新たな革新者という競争主体の活動から小売業態の発展を説明する説である。
後に、ニールセンが提唱した「真空地帯理論」は、「小売の輪の理論」を発展させたものである。
小売業の進展や市場変化に伴い、既存の小売業態ではカバーできない「真空地帯」が生まれ、そこを埋める形で新たな小売業態が出現するという考え方である。
(例)低価格のコーヒーチェーンで注目されたドトールは、それよりも高サービス、高価格を志向するスタバの出現によって、ブランド力を後退させられた。

1966年、ホランダーは「アコーディオン理論」を提唱した。
彼によると、小売業は取り扱う商品ラインの幅が広い経営とそれが狭い経営が交互に登場して盛衰を繰り返すことが確認されると説明する。取扱商品ラインの視点から、専門業態と総合業態の交互盛衰という事実のなかに小売商業の発展のパターンを見出したことにその特徴と意義があるとされている。

これらは、アメリカの社会基盤に沿って提唱されたものであるので、細かく見ると、わが国の商業の発展と重ならない点もあるが、小売業に関しての認識を深める点においては有効かもしれない。
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by stylejapan | 2012-09-13 11:18 | 商店街の活性化
No Fences
生体で起こる化学反応に対して触媒として機能する分子のことを酵素というが、これらは極めて優秀な活性化プロデューサーのようなもので、それまで立ちはだかっていた壁をグッと押し下げ、そのことで一瞬で反応が起こり新たな生成物が誕生する。

地域や業界の活性化も同じかもしれない。必要なことは、ウチとソトの間に存在する壁を押し下げるか、もしくは取り払うことで、それによって新たな反応につながる。

日本には欧米とは異なる“日本的”な社会が存在する。それは人と人との距離が遠いことである。職種が違うと異なった社会に住んでるが如くである。逆に組織や団体、業界、地域、村、あるいはサークルといった「かたまり」においては、その距離は急速に接近して「しがらみ」が生まれたりする。また、それらの内部には特別なルールや慣例が存在するが、それらは「ウチ」においてのみ機能するもので、「ソト」にはおよばない。
いわゆる社会全体を網羅する約束事がないか、あったとしても「ウチ」にはかなわないのだと思う。
考えが「ウチ」に縛られるゆえに視野が狭くなり、欧米人と比べて公共性に対する感覚や社会全体への意識はかなり見劣りする。
また、このことが国際外交の弱さや、大きな社会問題となっている「ひきこもり」の要因にもなっているのではと思う。

経済成長が見込まれない状況下で、「ソト」に向けてビジネスや観光客の誘致を図っても徒労に終わる理由のひとつとして、このような“日本的”な社会が壁になっていると思う。そこでは、「ウチ」の都合でしか物事を考えていないからだ。

そのようなことから、今、関心があるのは「かたまり」を超えた(業界や地域を超えた)新たな動きや流れをつくる手法についてである。軸になるのは、社会性や公共性以外にないと思う。

「ウチ」と「ソト」、人と人を容易に結びつける「流れ」が出来ることを期待している。
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by stylejapan | 2012-09-05 21:12 | 地域再生