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2018年 01月 20日 ( 1 )
快楽主義
人は元来、保守的であるとされており、その根底には死への恐怖があるとされている。
文化人類学者で心理学者のアーネスト・ベッカーは、人はなぜ死を恐れ、それを否認・拒絶しようとするのか?フロイト、ランク、キルケゴールらの思想を手がかりにその意味を追求しピュリッツアー賞を受賞した。

心理学では、人間には潜在的に「死の恐怖」があり、その恐怖から守られる防衛として、文化や自尊心が役立っているという。社会心理学の多くの実験では、移民・異文化などへの偏見や愛国心の高まりの背景も、「死の恐怖」に対する心理的な防衛が無意識のうちになされているのが確認されている。

身近なところでは、死が意識されるとき、多くの人は健康に気をつけて運動を増やそうとするが長続きしない。けれども意識から死の考えが消え健康を自尊心の基盤に置いている人だけが定期的に運動しようと考える。つまり「死の恐怖」ではなくて「自尊感情」にまで高まっていないと、長続きしない。

本物の「自尊感情」を持つ人は自分の誤りを認められるのに対し、ナルシストは責めを受け流す精神力がないので、傷つけられたプライドを取り戻すために相手を否定する。自分と違う人に恐怖を感じると、相手を小さい枠にあてはめたり、悪者にしたりする。

心理学では、「死の恐怖」をコントロールするためにも、社会や他者への思いやりと将来世代への気遣いと自分への勇気をバックボーンにして「自尊感情」を高めることによって、人生が価値のあるものにもなることを理解させようとしている。

僕たちは特に激しく変化する時期に生きている。そのせいなのか最近は年配の人だけでなく若い世代にまで変化を嫌がる風潮が広がりつつある。しかし保守的なままで「豊かさ」を探究するということはありえない。

古代ギリシアの哲学者エピクロスは、自分が生まれる以前のことを怖がる人はいないのに、なぜ死を思い悩むのか?ひとたびこのことに気づけば、死の不安はなくなり、私たちは不死を切望しなくなるだろう。これで『人生の死すべき運命がもっと楽しめる』ようになると説き、現実の煩わしさから解放された状態を「快」として、人生をその追求のみに費やすことを主張した。 後世、エピキュリアン=快楽主義者という意味に転化してしまうが、エピクロス自身は肉体的な快楽とは異なる精神的快楽を重視した。







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by stylejapan | 2018-01-20 08:58 | 生活創造プロジェクト