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石橋湛山の言葉
《地方自治体にとって肝要なる点は、その一体を成す地域の比較的小なるにある。》

「地方自治制の発達が、一国の政治ないし国運の消長に至大の関係あることは、古くから漠然と認められ、その論議もなかったではない。しかしいかにして地方自治が、かく重大の働きをなすやは、多くの人に明らかに理解せられておらなんだようである。従って地方と唱えて、その間に府県、郡、市町村の関係のいかなるものなるやを考えず、あるいはこれを考うるも、市町村より郡、郡よりは府県を以て、高等の地方自治体なるかの如く誤解れした。けだしこの思想を推し進むれば、中央政府こそ、国の最も高等なる政治機関であって、これに比すれば、地方自治体の如きは、たとい府県といえども、下級劣等のものに過ぎぬ。こういう考えから、地方自治の発達が期待し得らるるはずはない。

 私の見る所によれば、地方自治体にとって肝要なる点は、その一体を成す地域の比較的小なるにある。地域小にして、住民がその政治の善悪に利害を感ずること緊密に、従ってまたそこに住まっている者ならば、誰でも直ちにその政治の可否を判断することが出来、同時にこれに関与し得る機会が多いから、地方自治体の政治は、真に住民自身が、自身のために、自身で行う政治たるを得る。かつてジョン・スチュアート・ミルもいうた通り、政治は一面にそれ自身が仕事であると共に、またその大なる意義は、国民の公共心と聡明とを増進する実際教育の役目をなす点にある。しかるに国の中央政治の如き、大なる地域にわたる政治においては、多数の国民が親しく政治に関与する機会はすこぶる乏しく、数年に一回来る選挙の揚合のほかは、ただ新聞を通じて、遠くからこれを見物するに過ぎざる (而してまた見物しているよりほかなき) 有様である。のみならずまた仕事も、多数の国民には直接の利害なく、理解し難き事柄が多い。されば政治が、かようの広き地域のもののみに限らるるときは、一般国民のこれに対する興味は、角力(すもう)見物か、芝居見物以上に出でず、これを以てその公共心と聡明とを増進する教育の役目をつとめしむるが如きは望み得ない。従ってまたこれだけに頼っていたのでは、中央政治そのものも、いつまでたっても進歩しない。地方自治制の発達を図るの必要は、実にここにあるのである。何となれば地方の政治は、前記の如く小地域の仕事にして、住民の誰でも、直ちに興味をもち、理解し、関与し得る所の事柄だから、彼らの公共心と聡明とを増進する実際教育として、これに勝(まさ)った適切のものはないからである。果してしからばまた直ちにこの事から推論し得る点は、地方自治体は、その小なれば小なるほど(ただしその相当独立した仕事の出来る限りにおいて)その目的―国民の公共心と聡明とを増進する―を達し得るものだという事である。例えばこれを我が国の現制度についていうならば、市町村が大体においてこれに適当した地域を占むる。府県は今日の形においては、もはや余りに広すぎる。けだし府県会が、いずれの府県においても、中央の衆議院を一層劣等にしたるが如き政争にのみふけり、知事とその下僚とは、中央の諸官衙(かんが)における役人以上の官僚ぶりを発揮し、自治体としての態(てい)を全くなさざる所以(ゆえん)はここにあろう (市においても、その或るものは地域の広きに過ぎたる感がある、区に一層広範な自治を許す要があろう) 。」
(岩波文庫『石橋湛山評論集』)

◼石橋 湛山(いしばし たんざん、1884年- 1973年)
ジャーナリスト、政治家、教育者(立正大学学長)。階級は陸軍少尉(陸軍在籍時)。位階は従二位。勲等は勲一等。 大蔵大臣(第50代)、通商産業大臣(第12・13・14代)、内閣総理大臣(第55代)、郵政大臣(第9代)などを歴任した。 早稲田大学から名誉法学博士(Doctor of Laws)を贈られた。


by stylejapan | 2013-05-21 23:04 | 生活創造プロジェクト
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